名古屋高等裁判所 昭和28年(う)503号 判決 1953年7月28日
控訴人 被告人 国久末子
弁護人 沢登定雄
検察官 浜田善次郎
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役壹年以上貳年以下に処する。
原審における未決勾留日数中、参拾日を右本刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人沢登定雄の控訴趣意書を引用するが、その要旨は、原審が被告人に対し、刑の執行を猶予しなかつたのは、量刑不当であると謂うにある。
よつて先づ職権により、原判決の法令の適用を検討するに、原判決は、原判示第一の(一)乃至(六)の窃盗に刑法第二百三十五条を適用し、原判示第二の強盗未遂に同法第二百三十六条第二百四十三条を適用した上、後者について、同法第四十三条第六十八条第三号に則り、未遂減軽を為し、右の窃盗と強盗未遂とは、同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条により、最も重い窃盗(原判示第一の(一))の刑に法定の加重を為した上、少年法第五十二条第一条により被告人を懲役一年以上二年以下に処しているが、刑法第四十七条の併合罪加重の規定は、併合罪中重い罪の長期に半数を加えたものを長期とすることを定め、短期については、何等の規定を置いていないから、原判決の通り、併合罪中の各罪に定むる刑の短期を顧慮することなく、最も重い罪の長期に半数を加えたものを長期とすると共に短期もその刑の短期によるもの、前記の例によれば窃盗と強盗未遂とがあつて、後者について未遂減軽したときは、窃盗の方が重くなるので、その長期は、懲役十五年となるが、短期は懲役一月であつて、懲役一月以上十五年以下の範囲内で処断すべきもののように一応は、考えられるけれども、若しそうだとすると、強盗未遂罪一個だけ犯したときには、如何に減軽しても一年三月を下らないのに、更に窃盗罪も犯したために一年三月以下に処断せられるような奇異の観を呈し、公平を失することは、多言を要しないところである。それ故、併合罪加重をする際、その処断刑は、長期については、併合罪中最も重い罪の刑に半数を加えたものとするが、短期については、併合罪中、その短期の最も重いものによるべきものと解するのが相当である。(昭和二八年四月一四日最高裁第三小法廷判決参照)。果して然らば原審は、被告人を懲役二年六月(未遂減軽した強盗未遂罪の短期)以上十五年以下の範囲内で処断しなければならなかつたのである。従つて、原審が被告人を前記の通り懲役一年以上二年以下に処したのは、法令の適用を誤つたことになり、これは、判決に影響すること明らかであるから、この点で、原判決は、破棄を免れない。
よつて尓余の論旨についての判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条により、原判決を破棄し、同法第四百条但書により、次の通り自判する。
犯罪事実並に証拠の標目は、原判決を引用する。
法律に照すに、被告人の所為中窃盗の点は、刑法第二百三十五条に強盗未遂の点は、同法第二百四十三条第二百三十六条に各該当するところ、後者については、未遂罪であるから、同法第四十三条本文第六十八条第三号により法定の減軽を為すが以上は、同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条第十条により、最も重い原判示第一の(一)の窃盗の罪の刑の長期に半数を加えたものを長期とし、短期は、右強盗未遂罪の刑によることとし、被告人を懲役二年六月以上十五年以下で処断すべきものであるが被告人は少年であり、実父はなく、実母と共に内縁の夫と同棲しているけれども生活が苦しく、そのために本件犯行を為したものである点や犯罪の回数、被害金額、弁償の程度等諸般の情状を綜合するときは、刑の執行を猶予することは、相当でないので、少年法第五十二条第一項により、被告人を懲役二年六月以上の不定期刑に処すべきではあるが前記の通り本件は、被告人のみの控訴であるから、刑事訴訟法第四百二条により、原判決の刑より重い刑を言渡すことはできないので原審の通り、被告人を懲役一年以上二年以下に処し、原審における未決勾留日数中、三十日は、刑法第二十一条により、右本刑に算入する。
よつて主文の通り判決する。
(裁判長判事 高城運七 判事 柳沢節夫 判事 赤間鎮雄)
弁護人沢登定雄の控訴趣意
本件原判決は刑法第二十五条を適用処断すべき性状あるに不拘同条を適用せざる失当あり此誤りは判決に影響を及ぼすことが明かであると思料する。
(一)本件の判決に於ては、第一、昭和二十七年十月十九日頃被告人は岐阜市本郷町四丁目桑原こう方に於て同人所有の訪問着等衣類七点を窃取したるを手初めにその頃から同年十二月四日頃までの間に同人方外二ケ所にて前後六回に金品を窃取し、第二、同年十二月五日頃生活費に窮した結果予て顔見知である小林繁造方が老人夫婦二人暮しで現金の手持もあるところから同人を脅迫して金品を強取しようと企てピストルに見せかける為めペンチを携え且白布にて覆面した上同日午後十時三十分頃右小林方に至り同家に侵入せんとして同家裏北東角附近に潜伏中を右小林に発見せらるるや物蔭から飛び出て所携のペンチを同人に突きつけ脅迫し金員を強取せんとしたが、同人が大声で叫んだ為め目的を達せずして逃走した事実を認めて居る。此事実には争いはない。
(二)今其犯情について記録を調査するに、1、被告人は少年である。しかも女性である。被告人は戸籍抄本によれば昭和九年四月五日生となつて居るから本件犯行中最後の強盗の時に於て満十八才である。現在に於ても尚少年である。ブラジル国に於て出生した女性で父は無く母と兄二人姉一人の家族であるが、犯行当時は内縁の夫恵美正幸と同棲して居た事が明かである。2、犯罪の動機は生活難である。被告人は夫正幸は給料五千円で母親と三人と暮し生活は苦しかつた、尚盗んだ当時は夫も働いて居りませんでした、それで生活費に充てようと思つて取りました、と陳述して居る。因に犯罪当時夫が働いて居なかつたのは、自動車学校に在学した為めである。3、犯罪の手段方法については幼稚である。被害者小林繁造の検事に対する供述中に十手様のもので賊はツッツとついて居たので突瑳の間に体をかわして其十手の様なものをつかんだ所手がハヅれて尻餅をついた時賊に逃げられたとあり、被告人から何等おどし文句を云われて居ない事実は、もし其賊が「金を出せ」とでも要求すれば私が恐しいから相手のいう様に出したに相違ありませんがその賊はその様な暇もなく逃げて仕舞つたとあり4、改悛の情の有無については十分被告人に改悛の情が顕著に見られる。此の点は公判廷に於ての其旨の申立、及態度等から明かである。5、保護の方法は、此点については被告人の実母はまの申立によれば私は此事件が在つてから岐阜へ参りました。今後本人の側に常に居て注意監督して居なくては親としての義務が果せないと思つて其侭岐阜に止まりましたと述べて居る。尚母は現在被告人と共に岐阜市鹿島町五丁目十二番地金森秀樹方に居住し監督の責任を果して居る。6、被告人の生活状況については現在安定して居る。内縁の夫正幸は目下自動車運転者となり土木建築請負業間組に常傭せられ被告人も目下日産ゴム株式会社に勤務し月収三千円を得て居る。此事実は右両名の通勤証明書の存在により明かである。
以上の各事実により被告人は少年女性で犯時生活難の為めの偶発的犯行であつて其犯行方法誠に単純幼稚であつて今や被告人は改悛の情顕著である、加うるに被告人の監督保護については実母が側にあり常時注意監督を誓い居るのみならず現在の被告人方の生活は安定し居り犯行を繰り返すことは万無かるべしと確認せらるるのである。故に、斯の如き状況の下に於ては被告人に対して刑法第二十五条を適用して刑執行猶予の言渡をなすべきことが相当と考えられるのに原判決に於て事茲に出でざるは不当なりと云うべく此不当は勿論判決に影響あるので本件原判決は破毀を免れぬものと思料する次第である。依て何卒此際原判決を破棄して更に適当なる判決を御願いする次第である。